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米野麻賀多神社の解説はギャラリーの下に掲載しています。

 

所在地=千葉県成田市中台4-26(米野集会所敷地内)

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米野地区の内でも成田ニュータウンとの境目あたりに位置しますが、現住所はニュータウンに属する「中台」となっています。しかし、同敷地内の集会所は米野地区のものですので、大変わかりづらくなっています。ニュータウンの造成に伴う住所の変更だと思われますが、『千葉県神社名鑑』には、住所が「米野 121」と記載されています。『名鑑』の刊行された昭和62年には、成田ニュータウンは既に存在していますので、ここが更なる困惑の元です。しかし、ニュータウンの中台のこの部分は、かなり遅くなっての造成で、他の造成が済んでからも長らくの間、住宅の無い部分でした。家が出来始めたのはここ15年くらいだと思います。その頃に米野のその部分が新たにニュータウンに編入されたのか、元々の計画だったのか分かりませんが、とにかくその辺の事情から、『名鑑』の住所が米野になっているのだと思います。

小社であり、境内に社号が掲げられていませんが、上記の『千葉県神社名鑑』にも、『印旛郡誌』にも記載があります。住所の変更などはありましたが、米野地区に他に麻賀多神社に該当するような神社が無いことから、ここが「米野(『印旛郡誌』では、八生村公津新田)の麻賀多神社としていいのではないでしょうか?ただ、そのような事情から、以前の場所から移転したのではないか等の意見もあり、『印旛郡誌』記載の境内社が現在確認できないのも気になります。往時の様子を知る方がありましたら、お話を聞いてみたい所です。

境内に社号が無いこと、『名鑑』に「宮司欠員」の記載があることが少々心配です。しかし、境内は気持ち良く清掃整備されていました。地域の方々が、集会所とともにしっかり管理されているのだと思います。

 

鳥居の形が、非常に印象的です。宗忠鳥居というのでしょうか?しかし、宗忠鳥居の中でもかなり堂々とした大きなものです。この近辺ではあまり見ないものだと思っていたところ、成田市郷部の三宮埴生神社の鳥居がそっくりです。場所も近いことから、同じ職人さんの手になるものでしょうか?その辺の所も調べてみたくなりました。

(最終編集日 2017.8月)

 

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